選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年9月25日金曜日

日本国憲法が長寿なわけ


 安全保障に関する一連の法案が2015919日に参議院で可決し、法律となりました。これらが憲法に違反するのではないかということで、安全保障問題とあわせて憲法そのものが注目を集めた今回の法律制定過程でしたが、そもそも、日本国憲法って国際比較の観点からみるとどんな存在なのでしょうか?
 特記すべきして、修正(amendment)が加えられずに発効時と同じ文言のまま現存する憲法としては、世界最長寿であることが挙げられます。日本国憲法は1946年に発効してから現在に至るまで、一字一句変更がありません。この理由としてよくいわれるのが、憲法修正にあたって続き的なハードルの高さ国会での3分の2上の賛)です。しかし同様に高いハードルを課しているほかの国では修正がおこなわれており、手続きのみが原因とはいえないようです。たとえば同様に議会の3分の2以上の賛成を必要とするアメリカ憲法は18世紀末批准されて以27回の修行われていますし、戦後ドイツの憲法は17回変更が加えられています。また一部の国では、正ではなく憲法全体を新しくするという意味での改憲(replacement)が頻繁におこなわれており、たとえばタイでは1932年の立憲主義革命から現在まで18の憲法が(毎回新規に)制定されています。
 日本国憲法が修正も改憲もされずこんなに長寿なのは、どのように説明できるのでしょうか? 18世紀以降最近までの世界中の成文憲法を対象に統計分析をしているマックエルウィンとクリッパートンの研究では、憲法改正と改憲に関する一般的な理論を提供しています。彼らは、各国の憲法の特徴を、権利に関してカバーする範囲と、統治機構に関してカバーする範囲とが広いか狭いかの2つの軸で分類したうえで、権利に関して広くカバーされている憲法は改憲されにくく、一方で、統治機構に関して広くカバーされているものは修正されやすい、と主張します。権利が沢山保障されていれば、市民はそれを守ろうとして政府に働きかけるのでなかなか改憲されないだろうし、統治機構に関してあまりに細かく規定されていれば状況に即した修正が加えられやすい、というのがその背景にあるロジックです。
 彼らの主張は多国間比較データの支持するところですが、この結果を踏まえて日本国憲法をみると、日本国憲法は、権利については沢山の項目が網羅されて広くカバーされているものの、統治機構に関しては比較的わずかな言及しかない、という特徴をもっており、これが長寿を説明するひとつの要因となっていると考えることができます。このような、権利に手厚く制度に手薄となった理由は、昭和憲法が起草された際の政治状況に求めることができます。憲法起草にあたって強い影響力をもっていた連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは、民主的で平和な日本をつくるため憲法に沢山の権利を盛り込むことを強く望んでいたといわれています。その一方で、統治機構に関しては憲法起草から批准までの時間的制約のため詳細な検討がなされず、中央集権的な中央・地方関係といった明治憲法の規定がそのまま採用された、というのが当時の事情のようです。憲法に関するマスコミや論壇での議論は、法学者による解釈が取り上げられることが多いですが、実証的な分析も活用するともっと議論の幅が広がるのではないかと思います。

[出典]
McElwain, Kenneth Mori, and Jean Clipperton (2014) “Constitutional Evolution: Amendment Versus Replacement in Comparative Perspective,” Available at SSRN 2653169.
あわせて、以下も参考になります。
McElwain, Kenneth Mori, and Christian G. Winkler (2015) “What's Unique about the Japanese Constitution?: A Comparative and Historical Analysis,” The Journal of Japanese Studies, 41-2: 249-280.